茶々の茶のみ話

茶々ののんびり日記です。どうでもいいようなことがつらつら~っと書いてあります。 お茶のみ話感覚で読んでいただけたら嬉しいです♪

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だいぶご無沙汰しちゃいました

病気療養中だった義父が、先月28日に永眠しました。
61歳、まだまだこれからって年齢だったのですが、自分の健康管理にはまるで無頓着な人だったので、仕方がなかったのかなぁ・・・って思います。

義父は2年8ヶ月前に大腸がんの手術をしました。
旦那は単身赴任中だったので、旦那の代わりに私が義母について先生の説明を聞いたり、切り取った病巣を見せられたりしたわけですが、その時にはもう癌は大腸をつきぬけて膀胱まで浸潤、おまけにリンパ節転移もみられる状態でした。
実は癌の疑いがあるってわかったの、手術の半年前だったんですよ。
重度の糖尿病を患っていて、定期的にかかっていた医院の先生から紹介状をもらっていたのに、病院嫌いのため放置していたんです。
もちろん家族はむりやりでも引っ張っていこうとしたそうですが、何せ人の言うことを素直に聞く人じゃありません。そのため本人がやっと病院に行こうって気になった時には、貧血が進んで「よく生きてたね」って言われるほど危険な状態になってたんですよね。

それでも病巣を取って、肝臓とリンパに転移は認められたものの、見た目元気に回復。だけど体調が良かったからといって、1年半も定期検診を受けないでいたそうな。なんとインシュリンを打ちながら大好きなコーラ飲んだりキャラメル食べたりもしてたそうです。
当然その間に癌も糖尿病も悪化しますよね。
原発の部位に大きく再発してしまいましたが、糖尿病があまりにも酷すぎて手術するのは不可能と診断され、通院で抗がん剤治療のみをすることになりました。

でもその抗がん剤の副作用が、落ちていた体力をさらに落としてしまったことと、あちこち転移が始まっていたため治る見込みがないということで、抗がん剤治療を途中で止めてしまいました。
そうすると癌は一気に進行を加速。亡くなる1ヶ月ほど前には、本当なら在宅では限界じゃないかと思うほどだったのですが(義母も大変そうでしたし)、本人は意地でも病院なんか行かない!と頑張っていたんですよね。先生も本人の性格をよくわかっていて、「好きなようにさせていいです。それも治療の一環ですから。昏睡状態になったら救急車で連れて来てください」と話していたそうです。

義父は入院の1週間前からはほとんど何も口にせず、衰弱しきっていました。大きくなった癌のせいで両足がパンパンにむくんで、入院の前日には全く尿が出なくなってしまいました。
・・・それでも家族が救急車が呼んだ時には「行かない!」と暴れて、救急隊員には「どこも痛くない!大丈夫だ!」と叫んだってのは、ある意味すごいかも・・・;

入院した当日は、モルヒネは使いませんでした。
モルヒネ使うと眠ってばかりになるので、今のうち話したいことがあれば・・・っていう先生の配慮だったのかも知れませんが、なんだか残酷だなぁ・・・っていうのが本音。あの苦しみようは二度と見たくありません。
次の日にようやく低濃度のモルヒネ投与が始まり、やはり話をされたとおり眠ってばかりになりました。
でもそれまでベッドの手すりにつかまって痛みに耐えていたのが嘘みたいに楽になって、それまで痛みで寝られなかったぶん寝てるのかな・・・ってくらい呼吸が安らかになったので心底ホッとしました。
痛いの我慢して治るのならいくらでも我慢しなさいって言うけれど、行く先がわかっている人が最後まで苦しむのは見ちゃいられないですから・・・。

義父が目を閉じたのは、入院して5日目の朝のことでした。
ずっとつきっきりだった義母が、義父が気持ち良さそうに寝ているからと、明け方の4時半にお風呂に入ったり用事をするのに自宅に戻ったそうなんですが、6時半すぎに仕事に出かけた義弟を送り出してすぐに病院から「呼吸が乱れてます」と連絡があり、急いでかけつけたちょうどその時に目を閉じたそうです。
・・・きっと義母のこと、待ってたんですね。
若い頃から義母にはたくさん苦労をかけてきた義父でしたが、強がっていてもやはり義母のことを頼りにしていたのでしょう。


葬儀は、身内だけで質素に済ませました。
葬儀屋さんはこっちが何もわからないのをいいことに高いプランを提案してきましたが、できるだけ質素にしたいから・・・と自宅でお通夜・葬儀の形をとることにしました。ただでさえこれまで医療費だなんだと出費がかさんでいるのに、言われるがまま進めていたらお金いくらあっても足りないよ!!
葬儀屋さんの口車に乗っちゃうとほんと大変な目にあうので、普段から「我が家ではこうしたい!」っていう方向性ぐらいは決めておいたほうが良いかも知れませんね。

とりあえず、昨日の初七日でだいぶ落ち着いた感じです。
あとは7日ごとにお線香あげに行くのと、四十九日の法要にまた嫁パワーでひと頑張りしてこなくちゃ!
他に親戚とかお手伝いの人がいればいいのですが、嫁一人がお姑さんの片腕にならなくちゃいけないのは、かなり気を遣うしプレッシャーがかかりますね(苦笑)。あんまりオッチョコチョイなことやってお姑さんに恥かかせられないし(笑)。
まあ、何もわからない割にはよくやったと思うわ、自分。


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2010-11-05 Fri 21:22 | | #[ 内容変更] | top↑
v-22未那美さま

未那美さん、こんばんはv-354 お返事が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
葬儀の後もちょくちょく行っていたのですが、そのたびに疲れがたまっていったようで、とうとう一昨日の夜にはめまいを起こしてしまいました。
でもおかげさまで昨日の夜にはだいぶ良くなり、今日はあちこち出かけられるまで回復しましたが・・・やっぱり、慣れないこと(慣れたくもないことですが)ですし婚家のことなので、気の遣い方も半端じゃないですよね(苦笑)。

未那美さんのお義母さまも、同じご病気だったのですね。
医師からの説明・承諾・・・と、実際に自分が経験したわけですが、なんだかまるでドラマの中の話みたいで、正直その時は実感がわきませんでした。
うちの場合も再発した時には、糖尿病も手をつけられないくらい悪化していたのもあり手遅れ状態だったのですが、義母はその時からもう延命治療はしないと決めていたようです。
旦那も私も、その考えに賛成でした。義父は自分では「痛くない!」と強がっていましたが、時々苦痛に顔をゆがめるのを見ていましたし、大腸がんの末期は壮絶な痛みとの闘いだという話を聞いていましたので、できるだけ苦痛は長引かせたくありませんでした。
医師からも、無理な延命は勧められないと言われていましたし・・・。

大切な家族ですから未那美さんのように悩まれる方が大多数だと思います。
でもきっと、未那美さんと旦那さまの選択は正しかったのだと思いますよ。あの苦しみかたを目の当たりにしてしまうと、一刻も早く痛みから解放して安らかに・・・って思いましたから・・・。
医師も、治る見込みのない患者さんに延命治療を施すことは、患者さんをいじめるようなものだと話していました。

いろいろ考え方はあるでしょうけど、私ならほんの少し長く生きる道よりも、人間らしく安らかな最期を・・・と願うと思います。確実に死が待っているのに延命したところで、家族の悲しみや負担もそれだけ長くなってしまいますから。
家族はどう思うかわかりませんけどね~。でも今回義父を見送って、なんかいろいろ考えちゃいました。

同じような経験をされた未那美さんからの温かいお言葉は、じんわりと心にしみこんでいきました。本当にありがとうございました!!

秋が深まり、だいぶ寒くなってきましたね。
風邪もはやりだしたようですので、どうぞご自愛くださいね。
コメント、ありがとうございましたv-343
2010-11-09 Tue 21:47 | URL | 茶々 #-[ 内容変更] | top↑
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