茶々の茶のみ話

茶々ののんびり日記です。どうでもいいようなことがつらつら~っと書いてあります。 お茶のみ話感覚で読んでいただけたら嬉しいです♪

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震災から2週間

大きな被害を出した東北関東大震災。
加えてとんでもない原発事故で、私たちがなくしたものは大きかった・・・。

空気だけでなく、水や食の安全も脅かされてしまいました。
東北・関東の農家や酪農家の方々、漁業に携わる方々は何も悪いことしていないのに、原発の事故のせいで生活ができなくなってしまいます。
大人だけなら産地など気にせず料理に使いますが、どんどん成長する子供たちの口に入ることを考えると・・・とても申し訳ないと思いつつも手が出せないのが本音です。
水についても汲み置きしており、ヨウ素が半減する8日目以降に使うことにしています(国は衛生上推奨していませんが)。もちろん飲用ではなく、調理用ですけどね。
子供たちも外で遊べずかわいそうだし、雨が降ればビクビクしながら買い物に出なければなりません。

本当に、いつまでこんな状態が続くのか。
ただでさえ地震と津波で大きなダメージを受けているというのに、原発事故というオマケというにはあまりにも重すぎるオマケがついてきちゃって。
一日も早く収束して、放射能に怯えずに済む生活を送りたいです。

でも、この地震で得たものもたくさんありました。
使えなくなって初めてわかった水や電気のありがたさ。それを一日も早く復旧させるように、寒い中一生懸命頑張ってくれていた作業員の方々には頭の下がる思いです。
そして真っ暗な中ラジオで聞いた、日本中・世界中の人々からの温かい援助と励ましの言葉は、心だけでなく寒さで縮こまっていた体も温めてくれました。

我が家は月曜日から金曜日まで旦那が千葉へ出張に行っており、金曜日の夜に帰ってくるのですが、地震があった日はちょうど金曜日だったため帰宅難民になってしまいました。
レンタカーも宮城方面には貸せないというので、新潟・山形経由で帰ってきたのは震災から5日目のこと。その間は本当に必死でしたね。

震災当日は日暮れまでの間に家の中を片付けて、キャンプ用品の中からランタンや生活に必要なものを引っ張り出したり、重たい布団を1階に降ろしてきたり。
7年間使っていなかった壊れた石油ストーブも修理しました。

翌日からは早朝から給水に並び、川までトイレ用水を汲みにも行きました。小康状態のヘルニアが悪化しそうになったけれど、気が張っていたからそれどころじゃなかった。
幸いなことに地震が起きたのはお風呂を洗う前だったので、浴槽の中にはある程度お湯が残っていました。そして4日目には雨が降ったから雨といから水を受けて、キツい水汲みは一度で済んだけど、そうでなかったら今頃またウンウン唸ってたかも(苦笑)。

私の住む町は家屋倒壊などもなく、お店が在庫していたものを毎日店先で販売してくれたので食べるものには困りませんでしたが、燃料に限りがあるためカセットコンロはご飯を土鍋で炊く時以外は使わず、煮炊きはもっぱらストーブでした。ただ灯油にも限りがあるので、ストーブをつけるのは朝晩の食事の準備の時だけ。まだまだ寒いこの時期、これは結構きつかったです。

何より、旦那がいない時の停電と余震はとても心細かった・・・。
実家は近いけど妹一家が身を寄せていたので、子供たちと3人でなんとか頑張ってました。
何だか、私が子供たちを守るというよりも、子供たちが私を守っていたような気がします。
ひどい災害だったけど、子供たちの成長を心から嬉しく頼もしく感じた出来事でした。

そして震災がなければ叶わなかったかも知れない夢が叶ったんです!!
サイト立ち上げ当初から仲良くしてくださっているK様が、お仕事で宮城に支援にきてくださることになり、なんとその派遣先が隣の市でした!
宮城県の避難所なんて何百か所もあるというのに、ヘルニアで入院していた病院の隣の避難所だなんて、これって神様がご褒美をくれたのかも知れないと思いました。
K様、お仕事のお邪魔をしてしまってすみませんでした。
でもお会いできて、とってもとっても嬉しかったです!!
こんな形で、すっぴん顔にすごい格好で会いに行くことになってしまいましたが、宮城が復興したら今度はオフ会しましょうね♪

夢中で生きてきた2週間。
最初は不安と絶望で頭の中がめちゃくちゃだったけど、この経験はこの先の自分にとってプラスになると思ってます。きっとね!

がんばろう東北!
がんばろう日本!!

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この記事のコメント

とにかく1日でも早くできるよう祈るしかありません。
2011-03-26 Sat 20:54 | URL | たくちゃま #-[ 内容変更] | top↑
そうですね。
一日も早くまた安心して暮らせる日が来るように祈りましょう・・・。
2011-03-27 Sun 10:32 | URL | 茶々 #-[ 内容変更] | top↑
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011-03-29 Tue 21:47 | | #[ 内容変更] | top↑
v-238v-252未那美さま

震災から20日たちました。
原発は依然として危険な状態ですが、こちらは少しずつ復興の道を歩きはじめました。
私の住む町はほとんど目立った被害がなかったので、ライフラインも流通も比較的早い時期に回復し、未だに苦労しているのはガソリンの入手ぐらいです。
ですが車で20分も走れば、まるで嘘みたいな光景・・・・避難所ではいつ元の生活に戻れるのか見当もつかない状態で、このギャップに戸惑いを隠せないのとともに、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
でも、一足先に元の生活を取り戻した私たちにできることは、一日も早く活気のある宮城・東北に戻れるよう、元気を出すことなんですよねv-398
これからは自分にできることを精いっぱいやっていこうと思ってます。

子供たちは、私の身長を追い越さんばかりに成長しましたよv-392
私はもともと地震なんかちっとも怖くなかったんですが、さすがにあの巨大な揺れ、そして何百回とやってくる余震で、すっかり恐怖症になってしまいました。ミシッと揺れただけで心臓が跳ね上がってしまいます。
母親が怖がってみせると子供も怖がってしまうので、できるだけ冷静を装ってますが、子供たちはそんな私の様子を察しているようで(笑)。余震が来るたびに「大丈夫、大丈夫!」と逆に守ろうとしてくれてます。
子供だ子供だと思っていたけれど、いつの間にか頼もしく大きくなっていたんですねv-398

あとは原発が一刻も早く収束してくれないと・・・!!
あまりにも東電の対応がお粗末で後手後手で、最近は不安や恐怖よりも、行き場のない怒りで胸がいっぱいです。
安心して暮らせる生活を返してほしいですよね。
この事態が無事に収束する日を信じて・・・。

未那美さんも、計画停電等で大変な生活を送ってらっしゃることでしょうね。
まだ寒い日が続きますので、風邪などひかないようにどうぞお気を付けくださいね。
温かなコメント、ありがとうございましたv-343


v-252ルリエさま

ルリエさん、ご心配くださってありがとうございます!!
未曾有の大震災を経験して、これほど人の心の温かさを感じたのは初めてです・・・!!国内外からの様々な形の支援をテレビで見るたび、嬉しくて嬉しくて涙ぐんでしまいます。
私の町には愛知・三重・滋賀県の自衛隊が来てくれていて、家の前を通るたびに「ありがとう」とつぶやきつつ、「自分は被災者なんだ・・・」と信じたくない現実を信じざるを得ず落ち込んでいたものですが、被害の大きさを把握していくうちに、生かされた命だからこそ落ち込んでなんかいられない!って思えるようになってきました。
ルリエさんのお勤め先でも、募金をしてくださったのですね!本当にありがとうございますと、皆様にお伝えくださいv-435
皆様からの「ガンバレ」の気持ちで東北はどんどん復興していきます!私も元気出して、それを支えていきたいと思います。
コメント、本当に嬉しかったです!ありがとうございました
2011-03-30 Wed 18:50 | URL | 茶々 #-[ 内容変更] | top↑
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