茶々の茶のみ話

茶々ののんびり日記です。どうでもいいようなことがつらつら~っと書いてあります。 お茶のみ話感覚で読んでいただけたら嬉しいです♪

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3月12日 ①

幾度となく来る余震と不安のためにほとんど眠れなかったが、それでも明け方少しだけまどろんだらしい。
6時に目が覚めると見慣れない天井が目に入り、いつもの日常ではないことを思い知らされる。
トイレのタンクに水を入れるために起きると、子供たちも一緒に起きてきた。いつでも逃げられるようにと普段着で寝かせていたから、あまりよく眠れなかったらしい。

ところで、今回の震災ではいくつかラッキーなことが重なっていた。
我が家では普段から、お風呂の残り湯は洗う直前に捨てることにしている。あの日も浴槽の7分目くらいまで水が張ってあったので、とりあえず3日分くらいのトイレ用水は確保されていた。
そして震災当日のジャーのご飯。自分がカップ麺が嫌いなものだから非常食として準備していなかったので、冷ご飯でもとても助かった。
ちょうど11日の午前中に財布がカラになってしまったので、銀行で現金をおろしてきていたのもラッキーだった。しばらく銀行が機能しなかったので、これがないといくらお店が早くから開いていても買い物ができない。

朝ごはんにしようと電気の消えた冷蔵庫を覗いてみると、ボトルに作っていたお茶が1本だけ入っていた。
子供たちに昨夜焼いたホットケーキとお茶を準備した後、私は自転車で町の様子を見にいくことにした。とにかく飲料水がなければ困ったことになってしまうから、給水車がどこに来るのか、開いているお店はないかなどの情報を集めなければならない。

前日は子供たちを小学校まで迎えに行き、それっきり外には出なかったので町の様子はわからなかったが、かなり大きなダメージを受けていた。
傾いた電柱、割れた地面。あちこちのマンホールが飛び出しており、1mも道が凹んで水が溜まっているところもある。幸いなことに横揺れだったので倒壊家屋は皆無だったけれど、それでも塀が崩れたり瓦が散乱していたりして危険だ。
お店はどこもやっていない。近くのコンビニにも行ってみたけれど、店内は商品が散乱していて、お店の人もどこからどう手をつけて良いかわからない様子。それでも食料を求めて、店の前には長蛇の列ができていた。
私も並ぼうと思ったけれど、余震が続く中で子供たちを長時間家に残しておくのも心配だったので帰宅した。

帰宅してしばらくすると、町の広報車が給水場所を伝えに回ってきた。どうやら各小学校で給水しているようだ。子供たちの通う小学校が一番近いのだが、ここはいわば町の中心部で住民も多いため、2キロほど離れたお隣の小学校へ行くことに決めた。
宮城県沖地震に備えて百均で買っておいた給水バッグが3つあったので、ホットケーキで朝食を済ませるとすぐに、子供たちと一緒に給水場所へ向かった。

小学校ではすでに長い長い列ができていた。
そして1台きりの給水車はとても小さくて、何人も給水を終えないうちにまた浄水場へ水を補給に行ってしまう。
8時少し前に並んだのが、給水を終えて帰ったのが10時過ぎ。それでもまだ良い方かも知れない。後ろには私たちが来た時の3倍以上の人が並んでいた・・・。

その日は朝からとても暖かくて、抜けるような青空だった。
その澄んだ空を、絶え間なく救助のヘリコプターが海に向かって飛んでいく。
しかしまだ私たちは、津波がどれほど残酷な爪痕を残したのか想像もつかない。映像が見られなかったからだ。
そして福島第一原子力発電所がまずい状態になっていることも、まったく知らなかった・・・。
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